幸田文 「台所育ち」 というアイデンティティー / 藤本寿彦著 / 田畑書店

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父の死が国葬になる……そんな特殊な立ち位置から「露伴の想ひ出屋」として作家生活をスタートせざるを得なかった幸田文が、父・露伴の傘の下を脱し、真にオリジナルな自らの文学を確立していく過程を、各作品を丹念に読み込むことで、本書はつぶさに論じています。

「父から授かった厳しい躾が作家・幸田文を生んだ」という凡百のありきたりな作家論を超えて、「台所育ち」という特異なキーワードを用い、幸田文が露伴の影響と闘いながらいかにして自らのオリジナルな〈セルフイメージ〉を摑んでいったのか、を明らかにします。

「台所育ち」の原像をつくった『あとみよそわか』。作家・幸田文を生き直す契機となった『終焉』から、『流れる』、『おとうと』へと続く作品群。そしてポスト結核小説の嚆矢(こうし)となった『闘』から、「台所育ち」の豊かな感性が自然に触れる地点から生まれた『木』や『崩れる』などの名作を、あくまでもテクストに当たることで論じ尽くした本書は、これから幸田文を読もうとする読者にとっても、格好の「幸田文入門」となっています。

(田畑書店HPより)

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平林(たい子)たち女性作家は、文壇で喧伝される文学のモードに敏感に反応しながら、主に文芸雑誌の内側に棲息した。こうした文壇内に棲息する表現者と異なり、幸田文はその域外に存在する素人(「台所育ち」の表現者)であり続けた。そして、国家や社会を組み替えるロジック(倫理観や政治思想)を深化させようとする彼らとは異なり、従来文学表象の対象とならなかった家事を眼差す。そして台所を中心とした家庭を活力のある生活の場とする知恵の世界へ、幸田文が創造した語り手は読者をいざなう。その表現者像は「台所育ち」という自己認識で象徴される。日々の生活を眼差しつつ、見逃しやすい身近な問題と向かい合う中で、多くの女性と連帯するテクストを生み出し、物語の語り手の視野は今日の問題と深く関わる地震災害へまで及んでいる。(中略)本書は従来の作家論とは異なり、幸田文と彼女のテクストとを切り分け、メディア表彰されたテクストたちを初期から晩年まで読み通すことで、近現代文学の領域において類例のない「台所育ち」という表現者像を提起した。

(はしがきより)

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学校の国語の副教材などで
一度は目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
幸田露伴の娘、幸田文について書かれた入門書。
まだ自分の興味関心だけにフォーカスしていても許される若い頃に
幸田文の文章に触れている人は、なかなか渋いかもしれませんが
歳を重ねてくると、自身の生活や生き方というマクロな視点でも
日々当たり前のように、さまざまな決断を求められるシーンが増えてきます。
そんなとき、心の在りどころとなるような
そこに立ち返ると「らしさ」を取り戻せるような
自分自身の中に一本筋の通った思考体系を持っていたいと思うものです。
そういう年齢にさしかかった人たちにとって
過去のある時代のひとつの思想ともなった人の考え方の片鱗に触れることは
多くの示唆に富んでいます。
時代は違えど、透徹した眼差しで世間を見つめ
生活を“太く”生きた人の言葉は胸に刺さります。

「由緒正しき明治の女性」「女の子の躾」「家事作法」といった言葉は
ともすると今の時代、物議を醸し出すこともありますが
そういう時代だからこそ、改めて
自身の暮らしの文脈で読み直し、再構築し直すところに
生きることの実直さや時代のダイナミックさを感じられると思います。
(それがまさによき読書体験というものです)

幸田露伴と同じ明治の文豪森鴎外が
娘を盛大に甘やかすことで生み出した
華やかな森茉莉という作家との対比で
語られることの多い、地味な幸田文ではありますが
これほどまでに質実剛健という言葉が豊かに響くのは
ただ、厳しく躾けられることで育まれたわけではない
自分の思考をもって生活を手繰り寄せた人の血潮。
「身の丈にあった生活」や「ていねいな暮らし」
という言葉を生きる現代人にとって
自身の生活を手繰り寄せるきっかけになってくれると信じています。

(トオク店主)


[ 商品情報 ]
「幸田文 『台所育ち』 というアイデンティティー」
著:藤本寿彦
発行:株式会社田畑書店
サイズ:四六判 上製 縦197mm 横138mm 512頁
装幀・組版: 田畑書店デザイン室
印刷・製本:シナノ書籍印刷株式会社
2017年8月20日印刷
2017年9月1日発行

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