2025/05/20 15:17

|5月1日(木)
駒ヶ根市の空き家バンクの取材へ。この業務委託の仕事も今年で4年目にはいる。2022年からの3年間は元気づくり支援金などの補助もあって徐々に空き家の掘り起こしができ、情報発信もできていて、さらに4年目はこれまでの実績を踏まえ、ジャンプアップしたいところだったけれど、そうはいかず今年度は予算が縮小。予算が縮小するということはこれまで通りか、それ以上の仕事をしようとすると自分の仕事の単価がさがるだけで(もしくは持ち出しが増えるだけで)、判断がシビアになる。
空き家の利活用の直接的な効果は測りにくいし、見方によっては現在の空き家に関する施策は問題を次の世代へ先送りにしているだけで根本的な解決にはなっていないという指摘もある中で、こちらもよりシビアに精査してゆかなければならないと思います、ほんとに。
このプロジェクトの特徴は止まることなく続けることでグルーブ感が生まれ、地域の人々に認知され、根付いてゆくものだと考えている。
空き家物件の記事はここで読めます。
<こまがねみっけ> https://www.komagane-pc.com/
|5月2日(金)~5月4日(日)
なにをしていたのか記憶がないけれど、息子と家のことをしていたと思う。靴もつくっていた。
|5月5日(月)
息子と映画「マインクラフト / ザ・ムービー」を観に岡谷スカラ座へ。ゴールデンウィークということもありロビーが激込み。ひとが多いのは苦手だけれど田舎でもこういう活気あがるのはいいですよね。息子はお決まりのポップコーンLサイズを購入して席に着く。今年、息子が映画館で観る映画は「はたらく細胞」「野生の島のロズ」「Flow」「ドラえもん のび太の絵世界物語」に続いて5作目。上映前の上映中の盗撮は禁止ですのCMが流れる(カメラ人間が動くやつ)と息子は決まってトントンとこちらの肘を叩く。息子の方へ視線を向けて目が合うと、息子の目がキラキラしている。好きなのね、これ。マインクラフトのゲームはしていないけれど息子は楽しめたよう。僕は上映中3回くらい寝ていて、息子にたたき起こされる。
|5月6日(火)
畑にネギとじゃがいもを植えた。今年はネギ100本、じゃがいも5㎏(メークイン、だんしゃく、きたあかり)。昨年とは植える場所を変える。畝も1列つくる。家族が食べる分だけをつくる畑だけれど、もうあと2列くらい必要だと思う。今月下旬になったらトマトなどを植える予定。家の裏庭ではバジルやハーブ、セロリ、大葉などをつくる予定。去年はズッキーニの受粉をしなかったので今年はやってみる。たくさん収穫できたら友人たちへ送りたい。
|5月7日(水)
長野県南部の求人情報を発信するアカウント はたらくねこ の運用に手が回っておらず、新規で掲載希望の企業にアプローチできていない。もし、このブログを読んで長野県南部(辰野~飯田)にある企業や個人店で求人情報を載せたいという希望あがりましたらはたらくねこのインスタかこちらのメールアドレス(yorimichi.publishing@gmail.com)までご連絡ください。
いろんな企業や個人店の方に話を聞くと、宣材用の写真や文章を持っていないのがなにかと情報発信する際にネックのようです。自社のHPやSNSで情報発信をしようとしても写真や文章が用意できない。かといってプロのカメラマンやライターに依頼するとそれなりの予算になってしまい、そこまでは予算をかけることができない。
はたらくねこではそういう企業や個人店のために掲載依頼を頂いた場合、掲載時に撮影した写真や映像は希望があれば差し上げています。求人情報を紹介する文章などもテキストでお渡しするので、そのまま会社のHPやSNSに使用してもらっても大丈夫です。求人情報の掲載だけでなく、写真と文章が手に入ってその後の発信にも利用できるのはお得。希望があればプロのカメラマンやライター、デザイナーの紹介もできます。求人情報発信という入り口ですが、地域の企業や個人店が抱える課題を同じ地域に住む人材で解決してゆけたらすがすがしいなと考えて、このはたらくねこの運用をはじめています。
|5月8日(木)
夜、頭痛で嘔吐。一晩寝て回復する。40歳を超えて片頭痛の際、嘔吐するようになった。嘔吐すると少し楽になる。
|5月9日(金)
金曜ロードショーで「紅の豚」を観る。あまり乗り気ではなかった息子も観始めると見入ってしまう。今の金曜ロードショーのオープニングの曲は息子も自分も好きだ。なにか幕が開いてワクワクする感じがある。僕が子どもの頃の金曜ロードショーのオープニング曲と言えば久石譲の「シネマ・ノスタルジア」、さらに昔はフランスのピアニスト・指揮者のピエール・ポルト「フライデー・ナイト・ファンタジー」。どちらも琴線に触れる。
|5月10日(土)
靴づくり。来週中に靴の納品5足。納品が終われば、ひとまずサンダル制作に入って夏の受注会用に撮影もしなきゃだよね。
|5月11日(日)
お昼頃に服作家の市川りえさんの自宅に木材を届ける。自分も田舎に住んでいるけれどより山深いところに市川さんは住んでいる。薪ストーブを使っているから廃材などは重宝するらしい。お礼に筍を4つもらう。
午後は息子のバドミントンの練習に参加する。昨日は子どもたちを4,5人で1グループにして、6面のコートにそれぞれわかれて練習をする。それぞれのグループはコーチや保護者が1人ずつ担当して、その大人が先導してそれぞれに練習を進める。僕は今日は小学2年から4年の女子の担当。まずはクリアでラリーを続ける、次にヘアピン、そしてドライブ。休憩を挟んでから、1人10球を使ってクリアーを打つ、前に出てきてヘアピン、またクリア、でヘアピンを繰り返す練習。ここ1,2ヵ月バドミントンの練習に参加して感じたのは一番大事なのはフットワークなのではないか。僕のシャトル出しが安定しないから子どもたちをよけいに振り回してしまうけれど、ポジティブに考えればシャトル出しの不安定さはフットワークのよい練習になる。その後、勝った人がコートに残り続ける1点ゲーム。僕が小学校からはじめたミニバスでは2時間の練習であれば1時間はフットワークの練習で、とにかく基礎練ばかりしていた記憶がある。シュート練習は最後の30分くらい。バドミントンの練習後、自宅に戻って息子とバドミントンのフットワークの練習。ネットで検索して出てきたバドミントンのフットワークメニューを組んでみた。息子も僕もバテバテ。でも、疲れていてもフットワークが乱れないことが大事だと思うからフットワークの練習での追い込みが必要。一緒に練習していた息子からは「これやったらみんなバドミントン辞めると思う!」と力強い太鼓判をもらう。
|5月12日(月)
父親のスマホをまだ契約していることもあって、父親とこれまで仕事で取引があった方たちからときおり電話が来ることがある。今日も以前に建物の解体や重機の解体でお世話になっていたという方から電話が来た。たいていの相手は父が他界していることを知らず、電話に出た僕の声と父の声が似ていることもあって、ふだんのように話が進んでゆくところを僕の方で遮って、僕が息子であること、約一年前に父が他界したこと、会社は廃業したことを伝える。先方はとても驚いて、かつてこういうことでお世話になっていて、また仕事を依頼するために電話したと話されることが多く、こちらも父の仕事関係はほとんど父だけが把握してやっていたので、お世話になっていたすべての方に連絡ができでおらず申し訳ありませんでしたという話をする。父のいないところで人から父の話を聞くことで知らなかった父のことを改めて知る。スマホにかかってくる電話に出ていると、父は仕事とは言えどあまりお金にならないようなこともいろいろ引き受けていたことがわかる。お互い様だからな、と言ってそうな父の顔が浮かぶ。父のスマホも解約すればいいのだろうけれどそのままになっている。ときどきかかってくる電話に出てはそんなに多くない言葉を交わし、そのことを家族に話したりもする。故人を偲ぶとはこういうことなのかもしれない。
|5月13日(火)
午後、委託販売で預かっていた作品を返却する作業。実店舗の再開のめどが立たず(よい物件情報お待ちしています)、オンラインストアのみでクラフト作家の作品は販売しているけれど、このオンラインもまたブラッシュアップしてゆきたい。自分自身が作品を見て触れて感じたこと、考えたことを、自分の言葉で発信してゆくことにうちのオンラインストアのユニークさがあるわけだから、これまでよりも半歩か、一歩踏み込んだ作家へのアプローチをしてみたい。それを具現するオンラインストアにしてゆきたい。
やることと言えば、作家のアトリエや展示会へ訪問して話を聞き、写真や動画を撮影し、記事にして発信してゆく。言葉にしてしまうと何ひとつ新規性がないけれど、例えば、作品の写真を撮る場合も、どの角度から、距離感で撮るかは作家の考えによって変わってくる。作品のディテールは実物を見て、触れたときに感じてもらいたいと考えている作家の場合は作品のアップの写真よりも、画像が荒くてピンボケしているような抽象度が高い写真でもいいんじゃなかろうかと個人的には思う。もちろんオンラインストアで販売するとなるとその写真では難しくなるし、そしたらその作家の作品はオンラインで販売しない立ち位置を築いてゆけばいい。一番は作家が望んだかたちで売れるようになることだと思うから(ただ売れればいいわけじゃないし)そこを模索してゆきたい。
|5月14日(水)
息子がペットボトルロケットをつくるというからゴム栓をネットで注文する。どんなゴム栓にするかは息子自身に探させて購入の手続きだけ親がする。今の時代、わからないことはネットで検索すればいいと言われるけれど、どうやって検索するのか?は意外と触れられていなかったりする。検索するときに検索欄に入れる「言葉」が適切なものかどうかで、情報源にリーチできたりできなかったりする。その言葉が出てくるか出てこないかは、どれだけ言葉を知っているかによる。自分がつくりたいものをどれだけ理解しているかによる。例えば何かの説明書を読むとき、息子にはその説明書に使われている言葉が参考になるよと教えている。
|5月15日(木)
小・中学校の頃の同窓会グループLINEが立ち上がった。最近は子どものバドミントンの保護者間の連絡もLINE、監事をやっているNPO法人の連絡もLINE、その他企画展など活動グループごとのLINEグループもいくつかあって、個人的にLINEで連絡を取り合う人も多数いる。スマホをやめたいと思っているうちになかなか難しくなってきた。デジタルデトックスのためスマホで使用制限をかけるようにした。連絡が遅くなることあるけれどそれはすみません。(急用は電話ください)
|5月16日(金)
秋に出展するクラフトイベントの出展料を送金。この他にあと2つ気になっていたクラフトイベントがあったけれど、1つは今年は中止らしく、もう一つはまだ開催日時以外の告知がない。開催するのか?秋は青森での受注会もあるのでいろいろ早めにスケジュールを確定させたい。
映画「赦し」をアマプラで観る。夫婦はわかりあえないと一緒になれないのか?わかりあうために一緒になるのか?わかりあうってなんなのか?そしてジュディ・オングの「女は海~」の曲が脳内再生される。
|5月17日(土)
午前中はバドミントンの練習に参加。保護者当番。手首が痛いのはバドミントンのせいではなく、靴底の手縫いのせい。お昼に帰宅してシャワーを浴びて、昼食をとり、諏訪のfumiさんへ靴の納品。お店が静かに活気があがってよい。帰宅して、自転車を修理店へ持ってゆく。タイヤがパンクして、しばらく乗れていなかった自転車も再開したい。夜は関わっているNPO法人の理事会の慰労会。この地域のB級グルメと言われるローメンの正解がいまだにわからない。いつ食べてもなにかが足りないのか、全体的にピンボケした味付けだと思う。酢とソースで自分で調整するけれど、この選択肢じゃない、と言いたい。
|5月18日(日)
息子は小学校の合唱部の練習へ。いろんな学校の合唱部が集まって合同(?)練習的なやつ。講師の先生の説明が長すぎるだのなんだの言っていたけれど、なんだかんだ言って楽しかったもよう。午後、自分はNPO法人の監査業務。約4年前に監事を引き受けたとき、何度か図書館へ通ってNPO法人の仕組みや運営、監査の仕方についてあれこれ調べていたころが懐かしい。今度の総会をもって監事を退任するけれど、これからは生涯学習コーディネーターの資格も取ったし、この地域でプレイヤー側として関われる領域が増えてゆくといい。
|5月19日(月)
結婚式場にてオーダー靴の受注。新郎新婦の門出を記念するアイテムとしてうちのオーダー靴を選んでいただけてうれしい。僕は自分の結婚式のときでさえ、妻の靴はつくれたけれど、自分の靴は間に合わずレンタルのサイズの合わない革靴を履いていた。なんだか靴屋なのに自分の靴より人の靴ばかりつくってる。けれど思い返せばテーラーだった祖父もお客さんのオーダースーツばかりつくっていて、自分自身が着る服は無頓着であった。昨今はものづくりをする作家=センスのいいひとがひとつのブランディングになっているけれど、正直、そこを求められても難しい。できれば覆面のまま、ものづくりをしていたい。芋づる式に思い出した記憶と言えば、祖父は自身の結婚式のとき、仕事が忙しくて欠席したという。自分自身の結婚式に欠席という選択肢があるのか!?信じられない。親戚一同が集まる会場にひとり残された新婦の祖母は「これからどうなるのだろう?」と思っていたらしい。祖母が結婚式から帰宅して玄関の戸を開けると、一心不乱にミシンを踏む祖父の姿があったという。
|5月20日(火)
靴のオーダーを頂いていたお客様の自宅へ靴を届ける。実店舗がない今、お客さんへの靴の納品の仕方がスッキリしない状態が続いている。県外や遠方のお客さんならまだしも、車で30分圏内のお客さんに運送会社を使い、送料を負担してもらって届けるのはいかがなものか。それならご自宅に僕が届けますよって話だけれど、自宅にピンポーンで行くのもあれだし、かといってうちに来てもらうといっても完全に自宅なのでそれも互いに気を遣ってしまう。今回の納品は以前からの知り合いということもあり、ご自宅に持参した。最近は、靴の修理の依頼の際も同様に靴の受け渡しをどうするかで迷っている。結果的にはその都度、お客さんと話してその都度受け渡し方が違うけれど、その手間もなんとかすっきりとさせたい。
|5月21日(水)
早朝、畑の草むしり。9時から息子はバドミントンの練習、10時に一回迎えに行って、予約していた床屋で息子は髪を切ってもらう。そして11時にバドミントンの練習に戻る。練習に付き合う予定ではなかったけれど、息子がやりたい練習があるというので付き合う。12時すぎに帰宅してふたりで昼食の準備をする。お互い話をしながら、皿を出したり、料理を温めたり、お茶を出したり、阿吽の呼吸のようにできるのは息子が9歳になったから。生意気な小僧の面と頼もしい少年の面の両輪を回しながら息子は成長してゆく。最近息子の写真をちゃんと撮れていないなと思う。
|5月22日(木)
朝食をつくっていると窓からの風がひんやりとして心地よい。そういうとき唐突に亡き父のことを想う。そしてもう会えないことに悲しみがこみ上げる。悲しみは降ってくるものでも、向こうからやってくるものでもなく、こみ上げるものなのだ。今振り返ると父がなくなった直後は悲しかったのではなく、耐えきれなかったのだ。父にもう会えないことが、これからの約束が果たせないことが、すべてが茫漠としていてなにも手がつかなかった。それは悲しいとは違う。押しつぶされそうだったのだ、この出来事に、衝撃に。どう感情を処理していいかわからなかったのだ。
昨晩、変な夢を見た。夢の中で夢から目覚めた夢。夢の中で僕は確かに目覚めた。そして息子と一緒に寝ていた布団から立ち上がり、トイレへ向かった。何時かわからないけれど、おそらく朝方だろう。でもまだ、時間も早かったから窓の外も暗く、僕はトイレの電気のスイッチを入れる。けれど電気がつかない。おかしいなと思ってスイッチを何度かON / OFFを繰り返す。そして僕ははたと気づく。やけにあたりが暗すぎはしないか。馴染みある家の中の景色がぼんやりとしていて彩度が低い。そして、僕は理解する。これはもしやまだ夢の中なのではないか?夢の中で起きたのではないか?僕は、あっ!と声を出して血の気が引く。自分が夢から覚めたと思っているのに覚めていない。意識は今ここにあるのに、現実の世界の僕が目覚めていない。これってもしかして「死」ってことなんじゃないか!?次の瞬間、僕が思ったのは、息子にもう会えない!?ということ。それは突然父を失った瞬間に覚えた感覚と似ている。自分ではどうしようもできないことが今起きてしまった。僕は懸命に自分の頬を殴りはじめた、起きろ!と絶叫しながら、頬だけでなく、体中をひっぱたいてつねってひっかいて、手も身体も痛かったけれど痛みが大きければ大きいほど現実世界の僕の身体にはなんかしらの刺激になって起きるのではないかと。この絶望に押しつぶされるわけにはいかない。めちゃくちゃに叫んでいたと思う。そして、どこかのタイミングでなにかがはじけるように瞼が開いて、見覚えのある天井の木目が暗闇の中に見えた。僕は帰ってきたのだと体中の細胞で感じた。両手のひらで自分の身体を静かにさすった。隣に顔を向けるとスゥースゥーと寝息を立てる息子の横顔があり、その頬に手で触れてみるとあたたかい。帰ってきたのだ。その実感が僕を包んで涙が溢れてきそうだった。暗闇の中、泣きそうだった。いや、泣いていたかもしれない。今振り返るとなんであんなに取り乱していたのかわからないけれど、本当に不思議できつい体験だった。なんだよ、あの夢は…寝ることがトラウマになりそうで、今晩、寝たくない。せめてしばらくは夢は見させないでと祈っている。僕はなにか特定の神を崇拝していないので祈るものがないから、父の遺影に祈っている。