2025/03/27 17:38


|3月1日(土)
展示会、2日目。
服の製作において、製作者がもつこだわりは製作しているときにある程度充足してしまうものなのかもしれない。つくりたかったデザインやニュアンスが具現できれば自身のエゴはそこで完結し、あとは着た人に似合っているか、服を着る人の雰囲気を引き出せているか、着る人のワードローブとして馴染むか、そこに注力するだけ。NW,NLのおふたりの接客にはそういうスタンスがあるように思う。あくまで僕の雑感ですが。


|3月2日(日)
展示会最終日。16:00頃に会場について17:00から撤収作業。終わり際にfumiのスタッフさんの足計測などさせてもらう。

バドミントンをはじめた息子がみんなが使っているヨネックスのバッグが欲しいという。それがそれなりに高い。近所のスポーツショップへ行くとカタログで取り寄せで18,000円くらいするという。なんとなくお茶を濁してその場はやり過ごし店を後にする。
fumiさんからの帰り道で立ち寄ったセカストで中古のバドミントンのバッグが3,000円で売られているのを見つける。状態もよさそう。が、よくよく見ると、はてしてこれはバドミントン用のバッグなのかテニス用のバッグなのか、はたまたそれらは兼用なのかわからないが、おそらくラケットが入るであろうフォルムではあるので価格に押されて購入する。帰宅後、息子に見せると「エグい!」と言って喜ぶ。最近の息子はよいこともわるいことも感情高まれば「エグい」と口にする。ひとまず、これでバッグ問題は解決。


|3月3日(月)
朝から駒ヶ根で空き家の撮影3件。撮影後、移動して途中に寄ったマックで空き家の記事を1本書き上げ、午後一で車の保険の手続き。自動車保険料あがった。帰宅後、残りの空き家の記事2本を書いてサイトにアップ。その後、求人情報の記事作成も行う。企業から送られてきたフォーマットをコピペできるところはコピペし、文章を修正してゆくのだけれど、日本語の半角全角ってなんなん?藤井風並みに何なんw?と言いたい。時刻、電話番号、金額、番地、メールアドレスなどあらゆる英数字をすべて半角に書き直す。


|3月4日(火)
雪が降る(上の写真参照)。学校から帰宅した息子とさっそく雪合戦へ行く。雪が降るとうれしい。世間では雪が降ると大人は雪かきで困ったというけれど、僕はうれしい。雪かきが面倒であってもうれしい。冬は冬らしいことをしないと自分の中で季節がめぐらない。年甲斐もなく全力で雪合戦をして肩から脇腹までを盛大に痛める。息子の満面の笑みを見られてなにより。


|3月5日(水)
求人情報の記事をずっと書いている。PCの画面を見ていると飛蚊症が気になる。


|3月6日(木)
ブックオフで購入した中古のバドミントンのラケットのガット張替えをする。ググったところ、なにやら20年くらい前のラケットらしく、ちゃんと張り替えてくれるか不安だったけれど、お店のスタッフの方曰く張替はできるとのこと。ただ、古いラケットなので相性のよいガットの種類が2つしかないという。種類によって打球の音が違うんですよね、プレースタイルに合わせて選ばれるといいと思いますと説明されるも、プレースタイルって息子の練習相手ができればいいくらいだからなぁ...一番長持ちするやつでお願いします!といってラケットを渡す。


|3月7日(金)
生涯学習コーディネーターの課題2の採点も返ってきて、次は課題3へ。覚えてもどんどん忘れるので何回も参考書を読み返している。思考回路がすでにできている仕事や慣れていることに関しては40代は脂がのってきているような気がするけれど、新しく覚える事柄はスポンジのような吸収力(そんな気がしてるだけ)で、実態はザルで水をすくっているように記憶はこぼれ落ちてゆく。ファイティン!
この資格を取ってもおそらくほとんどの人がボランティアや少ない報酬で地域の子どもたちの成長や教育に携わったりしているわけで、そこが改善できないとなかなか実現するものもしない予感がある。子どもの育ちの環境をつくりたいと願いながらも実際は資金繰りが難しくて諦めたり、活動資金を持ち出しでやっているがためにいつ止まってもおかしくない活動もみかける。ボランティアという言葉に市民も行政も寄りかかりすぎている。生涯学習コーディネーターとして活動している人たちに年配の方々が多いのも時間とお金にある程度ゆとりがあるからだろう。30代、40代の子育てをしている世代が地域の子どもたちの学びに対する意欲に応えようと思うと「この活動をしながら時給1,000円くらい、いやできたら1,200円くらいもらえたらいいのにな...」というのが正直な声なんじゃないか。理想を掲げるだけでなく、継続的な活動にするためには活動資金の捻出は避けては通れないけれど、そのことがまったく触れられていないところに(今のところ参考書に出てきてない)この資格の闇を感じるし、そこは自前で何とかしろというにはこの資格が国家資格になるくらい格上げされてほしいと思う。そのためにもっと資格勉強の内容や試験が難しくなるならそれは望むところ。


|3月8日(土)
息子のバドミントンの練習に一緒に参加する。練習中、だらだらしている息子の態度が気になる。指導を受けていてもコーチの目を見て聞かず、どこか他人事だし、「言ってることがさっきと違う~」と言ってだらだらして、基礎練で自分の番が来ないと座ったり、床に横になっている。バドミントンができなくてもいいけれど、指導してくれている人に対しての礼儀がなっていないのは見逃せない。帰りの車の中でその点を指摘する。が、うんともすんとも言わない。お昼を食べているときにもいう。返事がないので、ちゃんと聞いているのか?としつこく聞いてしまう。今振り返れば、ちゃんと聞いていて図星だからこそ、素直に返事ができないのだろうけれど、この日の自分は怒りおさまらず、御飯のときにもまたぶり返して怒ってしまう。夜、お風呂から上がって寝る前に息子が泣きながらごめんねと言いながらぎゅっとしに来てくれたけれど、いったいこのごめんねがなんのごめんねだったのか、僕も息子も互いにわからなくなっていた。
夜、布団に入ってから天井の豆電球を見つめている。隣で眠っている息子の寝息を聞きながら、何度もしつこく言いすぎだったと反省する。あのとき息子から「ごめんなさい」という言葉が聞ければ自分は納得だったのか?その納得があることと息子の気持ちにどう関係があるのか。自分が安心したいだけだったのではないか。


|3月9日(日)
妹と姪っ子、甥っ子も来て、家族らが台所でお茶を飲んでいるときに一人家を出て散歩へ行く。いつもゆくグラウンドへ向かう。グラウンドの中をぐるぐる歩いたり、軽くジョギングをしながら、昨日の自分を整理する。グラウンドの地面がところどころ湿っていてシューズに泥がつく。乾いた芝生の場所を見つけて仰向けになる。こうやって離れていても息子のことばかり考えている。これじゃ、息子の親離れどころか、親の子離れの方ができてないんじゃないか。


|3月10日(月)
終日、靴の製作。夕方から息子のバドミントンの練習に一緒に参加する。なるべく息子とは距離をとり、他の子を見ることにする。僕自身バドミントンは初心者なので隣のコーチたちのやり方を見よう見まねでついてゆく。僕とラリーをしている子たちは、僕が打つ、まったく行方の定まらないシャトルを追ってコートの中を前後左右し、バテていた子もいたと思う。それ以上に僕がバテたけれど。久々に身体を動かして気分がスッキリする。


|3月11日(火)
東日本大震災から14年。首相官邸のHPを見ると「今回の事故による内部被ばくが原因で甲状腺がんになる可能性は、極めて低いと考えられます」の一文が掲載されている。一方で14年前に被ばくし、今も甲状腺のエコー検査を受けざるを得ない若者は多いという報道も目にする。


|3月12日(水)
学校の授業で少数を習った息子が言う。
「あのさぁ、実際の生活では12時ってあるけれど、0.000000…ってどこまでも数えていたら12時ピッタリって言えないよね?」
そういうところすきだな。


|3月13日(木)
最近、美術館に併設されたショップで売られているような世界の名画がプリントされたTシャツに惹かれている。なぜだかはわからない。先日リサイクルショップでゴッホの静物画がプリントされたTシャツを見つけてじわりとくるものがあった。ただ、同時に、これが似合うのはモトーラ世理奈くらいだろうなとも思った。


|3月14日(金)
バレンタインデーのお返しに友達にお菓子を渡すというので朝、息子とつくる。市販の板チョコを溶かして、プレッツェルにコーティングする。事前に練習もしていたけれど、一度溶かしたチョコは再び固めてもすぐに溶けるのはなぜか?


|3月15日(土)
税理士さんへ。確定申告が終わる。ビール飲みたい。


|3月16日(日)
定期的に見返したくなるシリーズ1

定期的に見返したくなるシリーズ2


|3月17日(月)
韓国最高峰の文学賞、李箱文学賞受賞の「菜食主義者」(ハン・ガン著)を読み終える。
僕らはふだん生活をしていると「あの人のこと、ときどきわからないときがあるんだよね」と言うことはあっても「あの人のことときどきわかるときがあるんだよね」と言うことがあまりないように、他者のことを“わかっている”ことを前提に会話をしたり、やりとりしているところがある。そしてときに“わかっている”を通り越して、自分と同じ考えや価値観であることが当たり前と思いがちである。でも、人と同じことと違うことを水の上に浮かべたら、違うことの方がどうしても深遠へと沈んでゆく。ゆえに目を凝らして見ていないといけないし、手を伸ばさなければ掴めない。でも、その手がもう伸びそうにない...目がにじんでよく見えない...そんなときどうすればよいのだろう。どうしようもなく理解できない行動をする他者がいたとして、その行動に巻き込まれることで自分の人生まで崩壊しそうなとき、その他者がのろのろと歩き始めた後姿に黙ってついてゆくだけなのだろうか。どうか抱きしめてクレメンス。


|3月18日(火)
午前中は靴の製作。午後1時から息子とバドミントンの練習。バドミントン歴3ヶ月の息子は失点やミスが続くとだんだんと不機嫌になる。どうしてそんなに簡単に大人に勝てると思っているのだろうか、おかしくて笑ってしまう。そして息子がどんなに悔しがっていても手加減をしないのが僕の幼いところ。いつか大人になった息子がここへ帰ってきたとき、その瞳の中の景色に映る今日の僕らはどんな顔をしているの?
帰宅後、靴の製作。夜も制作。


|3月19日(水)
どこを切り取ってもサビ。


|3月20日(木)
生涯学習コーディネーターの最後の課題を提出する。資格取得後の活動のプランを少しずつノートに書き始めている。といってもこれは仕事になるのかまだわからないし、自分の中でも9割は本業の仕事、残りの1割を使って、この地域に住んでいる人たちの学びや表現に関わる機会を提供できたらと考えている。最初に出会う1人からはじまると予感している。もしかしたらその1人にはもうすでに出会っているのかもしれないけれど。


|3月21日(金)
仕事で使っている銀行のネットバンキングの申し込みを窓口でする。使用するにあたってログインパスワードを3つ(?)設定して、ワンタイムパスワード生成機も使うらしい。紙の申込書にサインをして、印鑑を押して...時代が進んだのか戻ったのかわからない。
ネットバンキングは月額利用料があって、振込手数料も高くて、ワンタイムパスワード生成機を使ったログインの手間なども考えると(これじゃ出先でスマホからサクッと取引先に振り込みなどができないじゃないか!)、そりゃ地方銀行から利用者が減ってゆくのも仕方ない。窓口で説明を聞きながら、5,6回「あ、やっぱりやめます」と言いそうになり、言葉を飲み込んでは悶々とする。


|3月22日(土)
最近「路傍のフジイ」という漫画を読んでいる、スマホで。低体温なんだけど、じわりとくる作品。
人にはいろんなタイプがいると思う。例えば、料理をひと口食べた瞬間に「おいしい!」と笑顔でまず第一声が出る人。そういう人は反応がいいから好かれるよね、単純明快だから。一方で「おいしい」の一言が出てくるまでに20秒くらいかかる人もいる。そういう人ってのは、一口食べたとき、以下のような流れが心の中で起こる。「おいしい、確かにおいしいのはわかる、でも、これがなぜおいしいと自分が思うのだろうか、以前どこかで食べたあの料理と似ている気がする...この落ち着く感じはなんだろう、あぁいい香りだ、あっ、これって、もしかしてディルか、白身魚の上にあるディルだ、そうかこのディルが北欧っぽいんだなぁ、僕、好きなんだよなディル」で、やっと「おいしいです」のひと言が出てくる人。それまでの20秒間は料理の感想に集中してしまって無言なので、どうしたんだろう?と、まわりの人を心配させてしまう人。主人公のフジイはまさに後者のようなタイプの人間で、冷たいとか、キャラが掴めないとか、ちょっと変わってると敬遠されがちな人。でも、そんな人でも当たり前だけどその人なりの感情の起伏があり、悲しいときは悲しく、嬉しいときは嬉しい。誰もがフジイ的要素を自分の中に持っているのではないか。


|3月23日(日)
生涯学習コーディネーターの資格の勉強を終え(結果はまだわからないけれど)、意外と勉強するのって楽しかったなという感想を抱いている。こうなにか毎日決まった時間(僕の場合は45分間)をコツコツ継続して新しいことを学んでゆくと1ヶ月後、2ヶ月後には必ず何かしらの成果がある。当たり前のことだけれど具体的に動けば何かしら具体的な結果が見える。次は何の勉強をしようかと考えている自分がいる。


|3月24日(月)
「世界の適切な保存」と読む。哲学というジャンルがちょっと文学的な響きを持ち合わせながらつづられているところがエモい。
哲学カフェとか、カフェフィロと呼ばれる活動は僕が学生の頃によく目にするようになって、僕自身も大学のカフェテリアや神保町の喫茶店などで開催される哲学カフェに参加していたこともある。哲学は誰にでも開かれた学問だし、小学生からの授業のひとつにしてもいいし、社会人が英語やビジネスの勉強をするように哲学もすればいいのにと個人的には思うけれど、やっぱり哲学という言葉の難しそうなイメージとかハードルの高さもあって、なかなか一般に馴染まない。
著者の永井玲衣さんは、哲学のイメージを平たくし、現代の人々に届くような言語化をした稀有な人だと読みながら合点する。僕らの世代だと哲学科ではなくても一般教養として哲学者の永井均さんや野矢茂樹さん、鷲田清一さんの著作を読むことはあったけれど、ファッション誌やカルチャー誌に哲学者としてインタビューされている永井玲衣さんは前者の3名とはまた別の角度から哲学をもって一般へアプローチしている。
「世界の適切な保存」というタイトルも秀逸。「世界」「適切」「保存」すべての単語が哲学の大好物なテーゼであり、それが「世界の適切な保存」となることで詩的なニュアンスが醸される。この本の佇まいが書店の哲学書コーナーではなく、ジャンルレスなコーナーに平置きされることで、ふだんはあまり哲学コーナーに足を運ばないような人たちの目に触れ、手にとってもらえたらいい。


|3月25日(火)
息子が卒園した園の小学生プログラムがあったので息子を送ってゆく。午後、迎えに伊那公園へゆくと春の土の匂いがした。


|3月26日(水)
毎月1本息子と映画を観る計画を立てていて、今月の映画は「Flow」。県内の映画館だともうやっていないようで隣の県の映画館まで行く。いつも観ている映画館と比べるとスクリーンも大きく、音響も大音量で、座席のクッションもよく、ポップコーンのMサイズも大きかったので息子は興奮したよう。映像と音に圧倒された85分間だった。最後まで観終わった息子は「ドクターストーンの石化が溶ける前の時代の話じゃね?」と言っている。


|3月27日(木)
息子のバドミントンの練習に参加する。途中から参加してシャトル拾いだけしていたかったけれど、低学年の子どもたちがやけに大人を打ち負かしたいらしく試合を挑んでくる。こいつは大人だけど勝てる!と思っているのだろう(その通りだ!)、軽いカツアゲをされている感覚である。これなら練習の最初から参加してアップしておけばよかった。


|3月28日(金)
午前中、息子とバドミントンの練習。バドミントンのテクニック的なことはわからないけれど、ミスが続くと気持ちがすぐに落ち込んでプレーが雑になる息子。そうかと思えばいいプレーが続けばすぐに気持ちが上向きになってまわりが見えてくる息子。メンタルが弱いとか強いとかじゃなくて安定してない。子どもだからか。おそらくまだバドミントンの目標がないのも影響している。早く試合に出て、その場の空気を体験して欲しい。そこでスイッチが入ればいいし、入らなければ息子にとってなにか打ち込めるものは他にあるのだろう。
バドミントンの練習の後はながたの湯へゆく。「息子のバドミントンの練習に付き合う」「息子と温泉へゆく」「息子と映画館へ映画を観に行く」春休みの3大ミッションが終了する。


|3月29日(土)
Spotifyのおすすめで出てきた池田エライザの「惑星」という曲をリピートしている。歌詞がいい。ググったら作詞は最果タヒで合点する。10代の頃にこの曲を聴いていたらめちゃくちゃくらっていたと思う。


|3月30日(日)
納品の靴を仕上げながら、来月の展示会の準備も進める。
靴と什器が全部車に乗るか心配。先に靴だけ発送するべきか検討中。

/// sayu shoes SSAW 2025 ///
会場:ひばりブックス
   静岡県静岡市葵区鷹匠3丁目5-15 第一ふじのビル1階
会期:2025年4月11日(金)16:00-20:00
               4月12日(土)11:00-20:00
               4月13日(日)11:00-20:00
※ 4月11日は搬入&設営が完成次第、オープンします。
※ 現金支払い、クレジット決済が可能です。


|3月31日(月)
5歳の甥っ子が泊まりにきている。息子(9歳)と甥っ子の遊びに巻き込まれるとまったく仕事にならないので時間でわけて、何時から何時まではとうちゃんに声かけていい時間、何時から何時は仕事の時間と伝えて仕事をしている。10時と15時のおやつの時間、12時の昼食と18時の仕事終わりの時間ぴったりに2人で呼びにきてくれる。


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